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つづきです~
獣医マスターは意外と強引なんだなーと感じた今日この頃。







 俺の懇願に仕方なく了承してくれた人の良過ぎる警官は、浮かない顔をしながらも起動させてくれた。
 グッタリと、それこそ本当の人形のように力なく横たわっていたボーカロイドの身体が、起動音と共に少しずつ、まるで生気を取り戻した人間のように……徐々に肌に赤みを帯びていく。
 ボーカロイドはその外見から万人に受け入れられるよう、皆整った顔をしている。このオーかロイドも例に洩れず綺麗な顔立ちをしていた。

「……ん、」

 青に縁取られた瞼がピクリと揺れたかと思うと、ゆっくりと開かれ、中から海のように深い青色の瞳が姿を現した。

「………あ、れ……オレ…、」

 パチパチと瞬きを繰り返し、それから身体を起こしてきょろきょろと不安げに辺りを見回すボーカロイドの姿に、ここまで自然に動くのかと内心驚く。
 こうして、間近でボーカロイドをマジマジと見るのは初めてだった。
 俺の周囲には所持をしている知り合いは一人もいなかったし、街で見かけても特に注目しようとも思わなかったから当然なのだが、こうやって改めてみると、その一連の仕草全てが人間と類似していて。コレで髪や瞳、服装が違和感のないものだったならば、道ですれ違っても絶対に気づかないだろう。
それくらい、ボーカロイドというアンドロイドは、精巧に出来ていた。

「初めましてKAITO君。起動早々で悪いんだが、君の所有者の正式名称と、自分の固体識別番号は答えられるかい?」

 横で戸惑う俺を尻目に、警官は不安がるボーカロイドを安心させるようにしゃがんで目線を合わせると、ニッコリと笑い掛けて質問をする。
 するとボーカロイドは弾かれたようにコクリと頷き……けれど次の瞬間、両目を見開いて硬直した。

「え……オレ、なんで……」

 唇を震わせ、落ち着き無く視線を彷徨わせるボーカロイドに、自然と眉間に皺が寄る。
 固体識別番号は、ボーカロイドにとっては一種の住民票みたいなもので、固体情報は生産会社に全て登録・保管されている。それによって持ち主を特定したり、定期健診時に以前のデータを引き出すために用いられたりと、用途はさまざまだ。そのため通常は記憶などを消去されても最低限の固体情報は最重要情報として残存する筈なのだが……

「ああ…やはり、固体識別に関する内部データも故意に削除されてるようですね」

 質問に答えられず、ショックを受けているボーカロイドの様子を見た警官が、大きく溜息を吐く。

「そんなことが、可能なんですか?」

「正攻法な手段ではないですがね。ネットなどで秘密裏に売買されているアングラパッチらしいのですが……ボーカロイドの記憶中枢を直接いじって、本来削除できない情報までも消去できてしまう代物で、今業界でもかなり問題になっているんです」

 自分は捨てられたのだと、現状を把握した末に悟ったのだろう。
ボーカロイドにとって最も受け入れがたい現実に、肩を小刻みに震わせながら『何で…マスター……』と力なく頭を振るその姿は、悲しみと絶望一色に染まっていた。

「このパッチの性質の悪いところは、情報が削除されても自分にマスターが存在していた記憶だけは残ってしまうことです」

つまり使用されたボーカロイドは、全てを初期化された状態ではなく、中途半端にマスター登録をされた状態のまま、捨てられた後も姿の見えないマスターに縛られいるということで。

「固体識別番号も所有者の名前もわからない上、コレだけボディの損傷が激しいとなると……」

 やはり廃棄処分の道しか残されていない―――口には出さなくても、警察官の表情は如実に表していた。

「………。」

 とうとう我慢が出来なくなったのか、ハラハラと止め処なく涙を流し、『マスター』と姿なき所有者を呼びながら泣きじゃくるボーカロイドの姿に、チクリと胸が痛む。
 やはり警官の言う通り、安易に起動させるべきでは無かったのだと、今更ながらに後悔する。
 だが、どうしてもあのまま意識も自覚も無いまま、このボーカロイドを見ず知らずの他人に運命を委ねてしまうのは我慢ならなかったのだ。
 
 このボーカロイドは、捨てられた動物達と同じだ。
 人間の勝手で捨てられ、路頭に迷い、全てに絶望した動物達と。




 なら、どうすればいいかなんて――― 一つしかない。




「オイ、」

「!?   っ」

 気づけば俺は、泣き続けているボ-カロイドの前にしゃがみ込み、声を掛けていた。
 ビクン、と可哀想なくらい大きく方を跳ね上げてこちらを見上げる瞳は、泣いたせいか赤くなっていた。

「お前、マスターが好きだったか?」

「え……?」

 訳がわからないと首を傾げるボーカロイドの動きに、目尻に溜まっていた涙がホロリと頬に零れ落ちる。
 人間と変わらない仕草。
 悲しいと、全身で訴えてくる瞳。
 何故人間は、こんなにも慕ってくる存在を項も簡単に捨てられるのか。
 俺は、更に言葉を続ける。

「お前をそんな風になるまで虐待して、しかもお前の存在自体をこの世から削除して捨てたマスターの元に、今でも戻りたいか?」

「それ、は……」

 潤んだ青色の瞳が、俺の視界の先で揺れる。
 明らかにボーカロイドは動揺していた。
 ボーカロイドにとってマスターの存在は絶対だ。どんなに無体にされようと、最大優先順位は所有者になるよう設定されていると聞く。
 だがそれはアンドロイドにとっての本能のようなもので、他のアンドロイドとは違い、人間に限りなく近いボーカロイドの『気持ち』は、また別の場所にある。

 何故そう思ったのかはわからない。
 俺は一度だってアンドロイドを所有したことはない。
 必要だと思ったこともないし、欲したこともない。
 世間一般の知識程度しか知らないのに、どうしてそう感じたのか……その答えはいくら考えても出てはこないだろう。

 それでも。
このボーカロイドの瞳は、口ではマスターを求めながらも、まったく別の思いを俺に伝えている気がした。


 虐待され捨てられた動物達と同じ瞳が―――


「お前、俺のボーカロイドになるか?」

「―――ハ?」

「……ぇ、」

 目前のボーカロイドだけでなく、隣に立っていた警官までも間の抜けた声を上げる。
 そりゃそうだろう、俺だって内心ビックリだ。
 俺は音楽に関しては学生時代に軽く齧った程度だし、特にコレといって興味もない。
 アンドロイドもボーカロイドも欲しいと思ったことはない。
 
 でも、見過ごせなかったのだ。
 
 たとえ出会いは偶然でも、俺はかかわってしまった。
 彼の今後の運命を知ってしまった。
 俺の我侭で彼を起動させて、現実を突きつけて悲しませてしまって。
 そんな彼を最悪の未来から助け出す手立てが俺の手の中にあるのならば、差し伸べてやりたかった。

 多分、この瞳を見なければ、まだ見て見ぬふりが出来たかもしれない。
 起動させずにそのまま引取ってもらえば、俺は哀れむだけでこんな暴挙を口にはしなかった。
 あの、縋るような瞳を見てしまったから。
 透き通った青い海のような瞳を目にした瞬間、俺はきっと捕らわれてしまったのだ。





 この、可哀想なボーカロイドに。






「こんだけ周到にデータ消してお前を捨てたんだ。お前の所有者は今後も出てこないだろうし、お前の固体識別番号も無いから探しようもないし」

「ちょ、ちょっと待ってください!急にそんな事を言われましても…」

 他に引取り手もいないだろうから構わないよな、と目の前で笑ってやると、ボーカロイドは明らかに戸惑いを見せた。
 まぁそうだろう。
 起動される前にマスター登録の変更をするならまだしも、記憶は無くてもしっかりと前のマスターの存在は認識している状態でこんな提案をされれば、戸惑うのは当然のことだ。

「何で?なんか問題でもあるのか?」

 でも俺は、何でもないことのように問い掛けた。
 コイツが、少しでも不安がったりしないように。

「お、大有りに決まってるじゃないですか!」

 けれど俺の問い掛けは、ボーカロイドの代わりに隣に立っていた警官が答えた。

「確かに所有者不明になってしまったボーカロイドを他者が引取ることは一応可能ですが、コレだけ損傷が激しいと、普通に購入するよりも絶対高くつきますよ!。ボーカロイドが欲しいのなら、新品にした方が…」

「いや、別に俺ボーカロイドが欲しいわけじゃないし」

 単にコイツの事が放っておけないから引取るって言ってるんだが。
 不機嫌も露に警官を睨み付けると、あまりの驚きに硬直していたボーカロイドが慌てて助け舟を出す。

「あ、あの…こちらの方が仰っていることは本当です。現在オレのボディ損傷率は全体の60パーセントを占めています。身体的外傷の他にも人工臓器の損傷と、内部神経回路にも何箇所か影響が出ていますので、オレを引き取るとなると、それらの修理代とマスターの変更登録料も加わって、通常購入よりもかなり割増料金が…」

「んなモン、最初っから百も承知だ。それらのリスクを踏まえた上でお前を引き取るって言ってんだ。それともテメェは……そこの粗大ごみの一部になりたいのか!?」

 ビッと、ボーカロイドの背後に置かれた『粗大ゴミ』の張り紙を貼られた古びた冷蔵庫を指差すと、彼はサーッと顔を青褪めさせた。
 いくら捨てられたボーカロイドでも、普通の家電製品と一緒くたにされるのは嫌だったらしい。

「や、やですっ!!」

怒鳴るように質問されたせいか、反射的に本当の気持ちを口にしたボーカロイドに、俺はニッと笑みを返す。そんな俺の表情に己が何を口走ったのか自覚したのか、ハッと口を押さえた。

今更気づいたってもう遅い。
 俺はもう、お前の願いをしっかとこの耳で聞いた。



―――『死にたくない』というココロの叫びを、確かに聞いた。



「おっし、決まりだな。つーわけで忙しいところ悪いけど、どう手続きすればいいか教えてくれないかな?」

 そう言って、呆然とするボーカロイドを尻目に、横にいた警官に向けて奥様方に定評のある爽やかな笑顔を送ると。


 理解しがたい事の成り行きに、しばらく固まっていた警官は、




「……どうなっても知りませんからね?」



 本当に結構な金額なんですからね、と開き直った俺には脅しにもならないような脅しを口にしてから、親切丁寧に手続きの方法をレクチャーしてくれたのだった。











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