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獣医マスターって結構押しが強いタイプなのかもしれない……と、書いてて思った。











 うん、なんというか。
 我ながらその場の勢いというものは恐ろしいと、常々思う。
 こんなことでは、いつかセールストークに身を委ねたがために、莫大な借金を背負って路頭に迷う羽目になるんじゃないだろうかと危惧するくらい、俺は差し出された封筒から出てきた伝票の金額をマジマジと凝視した。

「……マジかよ…」

 高い高いとは聞いていたが、よもやこれ程とは―――
 呆然と佇む俺に、目前の存在はこれ見よがしに大きく溜息を吐く。

「……だから、言ったじゃないですか」

 普通に購入するよりも高くつきますよって。
 生産会社専門の宅配業者に連れられて我が家にやってきたボーカロイド――ボディを修復され、出会った時とは雲泥の差で綺麗になっていた――カイトは、新たに自分のマスターとなった俺の反応に対し、ポツリと呟いた。










 ボーカロイドを購入した。
 しかも、中古の、廃棄寸前の、色々と問題がありまくるボーカロイドを。

 自分でも物好きだなとは思う。
 が、別に後悔はしていない。
 いや、かかった費用の総額には若干後悔しそうになったことは否めないが、間違ったことはしていないと断言出来る。
 少なくとも、自分の心に嘘をつくような行動はしていない。
 欲しいと思ったわけではないが、カイトには俺というマスターが必要だと感じたからこそ、彼を引き取ることに決めた。
 自己満足に過ぎないことくらい、重々承知だ。
 ボーカロイド側からすれば、自分を本当に臨んでいるマスターの元に行った方が絶対に幸せだろうが、残念ながらカイトの未来には『廃棄』の二文字しかなかった。
 それくらい、彼のボディ状態は最悪だった。
 一体どれほどの虐待を受ければそうなるのか、以前の持ち主に聞きたいくらいだが、残念ながら内部データも固体識別番号も全て消去して破棄されていたため、それは適わなかった。
万一判明したら説教――いやむしろありがたい説法を、三日三晩たっぷりと聞かせてやりたいくらいだ。
 
 まぁ詮無いコトにいつまでも時間をかけていても仕方が無いので、俺は新たに家族になることとなったカイトを、部屋の中へと招き入れた。
 我が家は、14階建てマンションの一室。一人暮らしにしてはそこそこ広め、全室防音の2LDK。基本車通勤なので駅からは徒歩20分で、しかも都内から離れているため家賃は目が飛び出るほど高いというほどでもなく、母親の親戚が経営しているマンションなので、身内特権で若干安くしてもらっている。使えるものはとことん有効活用するのが、俺のモットーだ。
 カイトは初めて訪れた場所に落ち着かないのか、終始キョロキョロと視線を彷徨わせていて、俺は苦笑を浮かべながらリビングのソファを指差した。

「そこに座ってろ。今、紅茶でも淹れるから」

 といってもウチにはティーセットなんてあるはずもなく、せいぜいがティーバックだ。特売商品じゃなくてそれなりのメーカーのティーバックということで、許してくれ。
 あ、でもコーヒーはインスタントじゃなく、ちゃんとコーヒーメーカーがある。しかもカプチーノやエスプレッソも淹れられる、コンビタイプのやつだ。俺としては、本当はそっちを出したかったのだが、なんとなくカイトは苦い物とか辛い物とかが苦手な雰囲気があったので止めておいた。

 後日、予感は見事的中したのだが、このときの俺はまだ知る由も無い。








 大き目のマグカップに紅茶を淹れて、ソファに向かい合わせで座る。
 最初の時とは比べようも無いほど綺麗に修理されたカイトは見た目新品同様で、まるで別人のようだ。
しかしこうして俺を見つめてくる瞳はあの時と同じ、どこか遠慮がちで、一種の恐怖心を抱いている風な色を瞳に湛えていて、コイツは紛れもなくあの時と同じボーカロイドなのだと改めて実感する。
 イレギュラーで購入した、俺のボーカロイド。

「さて、まずは自己紹介な。俺の名前は東擁寺杜乃。職業は獣医だ」

 既にマスター登録の際に一通りのパーソナルデータは頭に入っているだろうが、俺は自分の口から情報を口にすることにした。
 これからどちらかが死ぬか壊れるまで一緒に居るのだ。俺に関する情報を、単なるデータとしてだけで認識して欲しくは無かった。
 会話を交わして、少しずつ互いの事を知る。それは人間でもアンドロイドでも、大事なことだと思う。特にボーカロイドは通常のアンドロイドに比べて感受性が強く、より人間に近い感情を持たされている。所詮作られたに過ぎない存在でも、そこに意識があって感情があるならば、俺は人間と同じに扱いたかった。
それは病院に運ばれてくる動物達と接する際に必ず心掛けていることと同じで、彼らはもちろん人間の言葉は喋れないが、きちんと感情を持っている。嬉しいと感じれば喜びを、悲しいと感じれば悲しみを、痛いと感じれば、ちゃんと態度で痛みを伝えてくるのだ。
 だから俺は購入と決めた時から、このボーカロイドを……カイトを、単なる所有物ではなく、新たな家族として扱うことに決めていた。






「音楽経験は学生時代にギターを少し齧った程度で、得意というわけじゃない。だから調教の腕は……あまり期待しないでくれ」

「……ハイ。わかりました」

 誤魔化したところで直ぐにバレてしまうコトなので、俺は正直に伝えた。
 その言葉にカイトは一瞬、本当に一秒にも満たない間だけ落胆したような表情を浮かべたが、直ぐに笑顔を取り繕うと、コクリと頷いた。

「………。」

 以前のマスターに捨てられた過去を持つし、基本人間には従順であることを定められているだろうから、その反応は間違っちゃいないんだろうが……なんというか、あまりイイ気分はしない。
 不満があるならば、口にすればいいのだ。
 出来ないなら出来ないって答えるし、心から望まれているって判れば、それなりに頑張ろうという気持ちになるのに。
 第一、まだ何も始まっていない。
俺達はこれからゆっくりと時間を掛けて、徐々に信頼関係を築き上げて行かなければならないというのに、初っ端からこんな妥協と諦めの態度をを見せられると、どうしようもない憤りが沸々と湧きあがってくる。
カイトにしてみれば以前の記憶がそのまま残っているので、それがトラウマとなってしまっているのかもしれないが、全てを初期化して新品同様にしていしまうのは、俺が嫌だった。
もしかしたらその方がカイトにとっては、幸せなのかもしれないが、初期化するということは、イコールこのカイトの存在を事実上消してしまうことになるのだ。辛い現実を突き付けられ、絶望と悲しみだけに包まれたコイツを消してしまうのだけは、嫌だった。
 過去はどうやったって変えられない。
 けれど、未来はいくらでも変えられる。
 幸せだと感じさせることが出来るかどうかはわからないが、俺の元に来た事を後悔だけはさせたくない。




 だからこそ。

 何処か諦めた感を漂わせるカイトの態度に、無性に腹が立った。


 

「………。」

「…………。」

「………。」

「……。」

「………。」

「………あの、マスター」

「なんだ?」

「いえ……なんとなく」

 急に俺が黙り込んでしまったことで、不安が煽られたのだろう。まるで俺の一喜一憂に怯えるように、視線を彷徨わせ、注意深く言葉を発するカイトに、俺の機嫌はますます下降する。
 俺は、前のマスターじゃない。
 どんな奴だったかなんて何一つ知らないし、知りたいとも思わないが、カイトを発見した時の状態を見れば、どういう奴だったのかは大体想像が付く。
だからこそ余計に、俺は俺なりにコイツを大事にしてやりたいと思っている。
でもそれは、カイトが俺に対してきちんと正面から向き合ってくれなれば意味が無いのだ。






「カイト、」

 名前を、呼ぶ。
 世間に溢れているだろうたくさんのカイトの中で、目の前にいるコイツだけが俺にとってのカイトで、それ以外は知らない。

「は、い…」

 瞳の奥の青が、動揺を表すかのように大きく揺れた。
 過去のマスターに刻み込まれたトラウマが、カイトの中で激しく蠢いているのが判る。
 俺に対してじゃない。
 過去の傷に翻弄されて、『マスター』という存在自体に怯えている。
 その怯えがなくならない限り、俺はコイツの本当のマスターにはなれない。






 だから、







「最初に言っておく」

「はい、マスター」

 アンドロイドらしい、従順な態度。
 しかし抱いているのは、恐怖心。

 心と態度が矛盾した反応。

「何か不安に思うことがあるなら、今のうちに全部ぶちまけちまえ」









 全部吐き出してスッキリして。
 お前はお前のまま、俺という新たなマスターのものになれ。





 









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